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福岡地方裁判所小倉支部 平成2年(ワ)197号 判決 1992年12月24日

原告

塚崎初幸

外三二名

右原告ら訴訟代理人弁護士

年森俊宏

荒牧啓一

吉野高幸

住田定夫

配川寿好

江越和信

河邉真史

前田憲徳

佐藤裕人

被告

東部第一交通有限会社

右代表者代表取締役

白川音芳

右訴訟代理人弁護士

中野昌治

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

(一)  被告は原告らに対し、別紙賃金一覧表記載の各金員及びこれに対する平成元年一一月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  被告は原告らに対し、別紙賃金一覧表記載の各金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らは、旧商号有限会社大空タクシー(以下「大空タクシー」という。)の従業員であったところ、大空タクシーの代表取締役が平成元年一〇月二九日持分権を第一通産株式会社(以下「第一通産」という。)等いわゆる第一交通グループ(北九州市内を中心に第一通産はじめタクシー会社等数十社を系列化している企業グループ)に売却し、右代表取締役が現代表取締役に変更され、商号が被告の現商号に変更された際に、予告なしに即時解雇されたとして、被告に対し、労働基準法二〇条に基づく解雇予告手当及び同法一一四条に基づく同額の附加金を請求している事案である。

一  本件紛争の経緯等(争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実)

1  大空タクシーは、タクシー運送事業等を行う有限会社(従業員三五名、許可を受けたタクシー台数一六台)であったもので、原告らは、平成元年一〇月三一日まで、大空タクシーのタクシー乗務員として雇用され、別紙賃金一覧表(略)記載の各賃金の給付を受けていた。

2  大空タクシーの代表取締役は、平成元年一〇月二九日その持分権を第一交通グループに譲渡した。これに伴い、前代表取締役であった満尾武雄(以下「満尾」という。)ほか取締役は、同月三〇日、退任し、新たに代表取締役、取締役が選任され、第一通産専務の白川音芳(以下「白川」という。)が代表取締役に就任し、商号も現商号である東部第一交通有限会社に改められ、いずれも、同年一一月四日登記された(以下 これを「被告」という。)。

3  原告らは、平成元年一〇月三一日、代表取締役等経営者の交替があったことを知らされ、同日午後、今後のことにつき白川ら新経営者と交渉することになった。そこで、原告中村幸男(以下「原告中村」という。同人は、かつて被告において労働組合が結成されていたときの委員長であり、長く従業員代表の地位にあった者である。)、同上木原作一、同量山旭、同松江英守が従業員代表となり(以下この四名を「原告らの代表四名」という。)、白川らとの交渉を行った。そこで、その後の雇用条件、待遇等について協議がなされ、その結果、白川及び原告らの代表四名が署名した確認書(<証拠略>)が作成された(以下この確認書に基づく双方間の合意を「本件合意」という。)。その内容は、全従業員は、平成元年一〇月二九日付で、退職届を提出して退職金、スタート協力金等の支給を受けるが、被告は、全従業員を北九州市内の第一交通グループが適用している賃金で再雇用するというものであった。

4  被告は、右確認書による本件合意に基づき、平成元年一一月一日、原告らに対し、退職金等を支給するとともに、原告らが同年一〇月中に退職したこと及び退職金等を受領したことを確認した確認書(<証拠略>はその一つ。以下<証拠略>の確認書と区別するため「退職届」という。)を、原告らから受領した。しかし、原告らは、その後、被告において就労せず、再雇用の手続もせず、同月八日に至り、大空タクシーの総務部長であった渡辺末雄(以下「渡辺」という。)から雇用保険被保険者離職証明書(以下「離職票」という。)の交付を受け、公共職業安定所で失業給付金を受領した。

5  原告らのうち、被告に再雇用された者は、同年一二月八日に再雇用された一名のみで、その他の者は、被告との間で再雇用契約を締結することなく、大多数は、他のタクシー会社に雇用された。

二  争点

1  原告らの主張

(一) 被告は、平成元年一〇月三一日、原告らに対し、何の予告もなく即時解雇する旨の意思表示をした。すなわち、

(1) 経営者の交替に伴い、平成元年一〇月三一日、白川らと原告らの代表四名との間で協議がなされ、形式的には、一方で従業員が退職すること、他方で全員を再雇用すること(その趣旨は雇用関係の継続の意味である。)の合意(本件合意)が成立している。しかし、第一交通グループは、これまで他のタクシー会社を買収する際に、それまでの従業員をそのまま引継いて雇用せず、労働組合に関与していた等会社にとり都合の悪い者を雇用しないといった選別を行ってきたもので、本件合意においても、被告の真意は右の選別という点にあり、全従業員の再雇用の意図はなかった。原告らは、右のような被告の意図を知ることなく被告と本件合意をし、これに基づいて離職させられたもので、こうした合意は、原告らの代表四名が、被告の現代表取締役白川に欺かれ錯誤に陥って行ったもので無効であり、結局、被告は、同日、何の予告もなく原告らに対し、一方的に即時解雇の意思表示をしたものである。

(2) 被告は、かかる意図を有していたから、原告らが退職した後、原告らに対し再雇用の勧誘、社内教育をせず、就労の指示もせず、放置した。

(二) 仮に、右平成元年一〇月三一日の解雇の意思表示が認められないとしても、被告は、同年一一月八日、原告らに離職票を交付することにより、何の予告もなく黙示的に即時解雇の意思表示をした。

2  被告の主張

被告は、原告らに対し、原告ら主張の即時解雇の意思表示をしたことはない。すなわち、

(一) 前代表取締役満尾と現代表取締役白川は、平成元年一〇月三一日午前、被告営業所に赴き、従業員に対し、経営者の交替を知らせ、当時のタクシー乗務員の不足を慮り、乗務員は辞めることなく継続して稼働してもらいたい旨を告げた。白川らと原告らの代表四名とは、同日午後、従業員の身分等について協議し、確認書(<証拠略>)記載の内容の本件合意をした。右合意の中には、退職金、平成元年下期賞与の他、全従業員の再雇用を前提としてスタート協力金として一律五万円プラス年功加算金を支給する旨の合意も含まれており、一旦全従業員が任意退職する形をとったのは、大空タクシー時代の労働債権関係の整理のためであり、被告は、従業員全員を再雇用する意思であった。

(二) 被告は、平成元年一一月一日、原告らに対し、退職金を支払う際、被告に再就職するよう勧誘し、会社案内、就職の申込みのための書類を交付したが、原告らのなかで再雇用に応じたものはなかった。これは、渡辺が、第一交通グループの競争相手である国際興業グループにおいて原告らタクシー乗務員を雇用させるべく画策したためであった。渡辺は、平成元年一一月八日、原告らに離職票を交付したが、これは渡辺が権限なしに前代表取締役満尾名義で作成したもので、被告の関知しないものである。原告らは、本件を契機に被告からスタート協力金名下の金員を取得している。

第三争点に対する判断

一  本件紛争の経緯等は、第二、一のとおりであるが、なお、原告らと被告の交渉の経過を証拠によりみていくと、次のとおりである。(以下、証拠の表示は括弧書きにする。)

現代表取締役白川は、平成元年一〇月三一日午前、前代表取締役満尾及び第一通産の社員数名を伴って、大空タクシーの旧営業所に赴き、出勤していた従業員に対し、第一交通グループが被告の持分権を買取り、経営者が交替したこと、商号の変更がされること、従業員はなるべく辞めることなく継続して働いて欲しいことを述べた。原告らは、この話が突然であったし、今後の雇用についても不安を感じ、全員が営業所に集まった。そして、同日午後、前代表取締役満尾が経営する会社のホールに移り、原告らの代表四名を交渉の代表者として選任し、右代表者四名が大空タクシーの相談役であった隈元正治を交え、新代表取締役である白川と全従業員の今後の雇用関係等について交渉した。白川は、会社買収の経過を説明し、タクシー乗務員全員について被告が雇用するので継続して働いてほしい、雇用条件は第一交通グループの他の会社と統一するため、原告らが一旦任意退職して再雇用する形にしたい、ただし、勤務体制は従来のままでよく、既に決まっている勤務表に従って運行してほしい等の条件を提示した。原告らの代表四名は、同建物内の他の場所で待機していた他の従業員に右の旨を説明したところ、第一交通グループの会社に入って働きたくない者も三、四名いたが、正月をひかえていることでもあり、同グループの会社で働くのも止むなしとする者が多数を占めた。原告らの代表四名は、白川らと従業員らとの間を数回往復して、条件等について交渉を重ねた。この間、原告らの方から、従業員要望と題する書面(<証拠略>)が出され、退職金一律八〇万円に加えて年功給一年につき三万円の支給を求める提案がなされ、白川らはこれを法外な提案であるとして拒否したり、あるいは、金銭の支出を伴わずに従来の雇用条件の継続の方法をとる等の種々の提案がなされた。しかし、最終的には、前記隈元正治の仲介もあり、次のような本件合意が成立した。すなわち、1全従業員は、平成元年一〇月二九日付で退職届を提出する、2退職金は、同年一一月一日午前一〇時三〇分より支払う、3同年下期賞与(冬期賞与)については、その六分の五相当額を右と同時に支払う、4スタート協力金として一律五万円と年功加算金として勤続年数に応じて一年につき五〇〇〇円を支払う、5今後の賃金は、第一交通グループが現在北九州市内で適用しているものを実施する。6従業員は全員再雇用する、というものであった。そして、白川と原告らの代表四名は、同日夕刻、料理店に場所を移し、確認書(<証拠略>)に署名した。(当時、同書面の左側が白紙ではなかったかについて争いがあり、証人隈元政治の証言、原告中村本人尋問(第一回)の結果により右署名時には白紙であったものと認めるが、但し、記載内容と合意内容とはほとんど合致し、格別の差はないものと認められる。)このようにして、平成元年一一月一日、従業員全員の退職届が提出されるとともに、退職金等が支払われた。(<証拠・人証略>及び被告代表者本人尋問の結果)

二  右のような事情のもとで、原告ら主張の即時解雇の意思表示があったかどうかについて検討する。

1(一)  まず、(人証略)は、第一交通グループが、かつて、北九州市内の他のタクシー会社や、宮崎のタクシー会社を買収した際、同人も関与したことがあるが、そのときの経験からすると、同グループは、それまでの従業員の身分を一旦清算し、成績不良とか労働組合に関与していた等の従業員を雇用しないという方法を採ったことがある旨の供述をする。

(二)  会社が買収され、経営者の交替があった際、従業員がいったん任意退職して再雇用されるという方法は、それまでに未払賃金等が存在する場合に多く行われ、従業員も退職金や未払い賃金等の支払を受けられる等の利点がある。しかし、本件当時、被告の経営常態は落ち着いていて、悪化していたわけではなく、原告らが、大空タクシーから支払を受けていない労働債権もなかった(もっとも、平成元年四月一日から導入された消費税の納税環元金に関する原告らへの分配問題が将来の課題として残されてはいた。)し、その他従業員と前代表取締役らとの間で格別の紛議が発生したこともなかった。(<証拠・人証略>及び被告代表者本人尋問の各結果)

(三)  被告は、原告らから、被告との間の本件合意を記載した確認書(<証拠略>)の写を交付してくれるよう要請されていたのにかかわらず、原告らにこれを交付しなかった。(<証拠・人証略>の結果)

(四)  被告は、原告らが、平成元年一一月一日、被告に対し退職届を提出した後、原告らのうちの何人かに対し、再雇用について電話で意向を聞いたり、直接会って話したりしたことはあるものの、その多くは後期離職票交付後であり、退職届受理時に入社案内等の入った封筒の準備はしていたが、これを交付したり、社員教育を実施したり、新たな配車計画を説明したりする等、原告らに対し、積極的な再雇用を勧誘するような行動を採ることはしなかった。特に、原告ら(三三名)のうち、退職届提出時、再雇用のための手続の書類を交付された者はなく、その後、再雇用の勧誘の電話を受けた者は一一名、面談を受けた者は一〇名であった。(<証拠・人証略>、被告代表者本人尋問の各結果)

2  これらのことを併せ考えると、被告が、原告らの任意退職と再雇用という方法を採ったのは、真実は、自己に都合が悪い等採用したくない従業員を排除するための方法であり、当初から全従業員を再雇用する意図はなく、従って、原告ら全従業員を即時解雇する意図があったのではないかという疑念を容れる余地がないとはいえない。

3  しかしながら、以下の事実も認められる。

(一) 北九州市内のタクシー業界では、本件当時、タクシー乗務員は大巾に不足しており、一つの会社を辞めても直ちに他の会社に就職が可能な状態であった。原告らが、平成元年一一月八日、渡辺から、同年一〇月分の給与の支払を受け、同時に後記離職票の交付を受けた際、既に第一交通グループの競争相手である国際興業グループが雇用の勧誘に来ていたし、現に、原告らは、二名を除いて、再びタクシー乗務員として被告を含む各社に再就職しているし(被告に雇用された者一名、第一交通グループの他の会社に雇用された者二名、国際興業グループの会社に雇用された者一〇名、北九西鉄タクシーに雇用された者六名、その他の会社に雇用された者一二名である。)、しかも、その多くが、同年末までに再就職している。(<証拠・人証略>及び被告代表者本人尋問の各結果)

(二) 被告は、平成元年一一月一日、原告らに退職金等を支払うとともに、原告らから退職届の提出を受けた際、会社案内等再雇用の手続のための関係書類の入った封筒を用意していたが、原告らはこれを持って行かなかった。しかし、被告は、原告らに対し、再雇用の説明、勧誘を全くしなかったのではなく、本件合意成立の日に、勤務体制は従来のままでよく、既に作成されている同年一一月分の勤務表により就労するよう説明したし、また、退職届提出後において、原告らのうちの一〇数名に対し電話をしたり、一〇名位に対し直接会って再雇用の説明をしている。(<証拠・人証略>及び被告代表者本人尋問の各結果)

(三) 原告らは、退職届提出後、被告に対し、自ら積極的に再雇用や就労を求めたり、また、後記離職票交付につき、抗議、問い合わせ等の行動を採らず、かえって、離職票交付の前後ころから、国際興業グループ等他のタクシー会社の就職の勧誘に積極的に対応し、かつ、右離職票を使用して失業給付金を各自受領した。(<証拠・人証略>及び被告代表者本人尋問の各結果)

(四) 渡辺は、前代表取締役満尾の義弟であり、大空タクシーの総務部長として、運行管理、労務管理、従業員の就職、退職の手続等に当たっていた者であるが、本件の経営者交替を、平成元年一〇月三〇日、知らされて驚き、退職を決意し、同年一一月一日、退職金等の支払を受けて退職したが、その残務整理として同月末日まで勤務した。渡辺は、同月八日、原告らに対し、同年一〇月分の給料を前代表取締役満尾から預かって支給するとともに、離職理由の具体的な事情として「会社売却解雇」と記載され、「有限会社大空タクシー代表取締役満尾武雄」を作成名義人とする離職票(<証拠・人証略>)を原告らに交付した。これは、渡辺が、隈元正治の説明等から、従業員は解雇されたものと勝手に推測し、その事情を独自の判断で公共職業安定所に説明して記載したものであり、現代表取締役ら新経営者が渡辺に指示する等の関与をした様子はまったくない。(<証拠・人証略>)

(五) 現代表取締役の白川らは、離職票が交付されたことを聞知し、平成元年一一月一三日ころ、渡辺に対し、これを交付したため従業員が集まらなかった、訴訟を起こす等と非難した。被告は、車輌を遊ばせないため、タクシー乗務員を新たに確保するべく努力をしたが、早急に必要な乗務員を確保することはできなかったし、通常、許可台数一台につき乗務員二・四人が必要といわれているのに、現在でも二・二人の割合にとどまっている。(<人証略>)

4  右認定の事実によると、第一交通グループが、かつて、他社買収の際、(人証略)のような方法を採ったことがあるとしても、その場合と本件の場合と経営環境や従業員の状態が類似していると認めるに至らないので、本件において直ちに右方法がとられたとはいい難い。

そして、被告が従業員の労働条件について他の第一交通グループのタクシー会社と統一しようとした点にも合理性がないではなく、また、全従業員を解雇し、選別して雇用する意思であったとすると、タクシー乗務員が深刻に不足していた時であったから、必要な人員を確保できず、すべての車輌を稼働することができないことになる事態が十分に予想されたのであり(現に、被告はそのような被害を蒙っている。)、被告にとっては、原告らを即時解雇する利益よりも、これにより不利益を被る可能性の方がはるかに大きかったということができる。さらに、原告らに対する離職票の作成交付は、残務整理をしていた渡辺が独自の判断でしたものであって、被告は、これに関与していない。

また、原告らが右離職票を使用して失業給付金を受領したのは、その当時タクシー乗務員の再就職が容易で、原告らに対しても複数のタクシー会社から再就職の勧誘があり、原告らとしては、突然の会社の持分権売却、経営者交替の話に驚き困惑し、あるいは第一交通グループのもとで稼働することに不安を抱いたので、それぞれ再雇用を前提とする本件合意の存在にもかかわらず、他会社からの再就職の誘いに乗り、被告に再雇用されることを積極的に希望しなかった結果として、離職票を使用して失業給付金を受領した事情が窺えるのである。

これらの諸事情を総合勘案すると、被告は、本件合意時に、原告らを即時解雇する意思を持っていたとは認めるに至らないし、このことは、離職票交付時をとって考えてみても、同様である。

三  以上により、被告が原告らに対し、本件合意時もしくは離職票交付時に、即時解雇の意思表示をしたとは認められないので、その余の点を判断するまでもなく、原告らの主張はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 関野杜滋子 裁判官 榎下義康 裁判官 和食俊朗)

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